古/いにしえの面影       其の七百弐拾七

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

 撮影日  2010年07月25日 土曜日

大阪天満宮(天神祭)宵宮陸渡御U

すみません〜飛び級です!
緊急に・・・
天神祭の発祥は天満宮御鎮座の翌々年、天暦5年(951)に社頭の浜から神鉾を流し、
流れついた浜に斎場を設け、「みそぎ」を行ないました。
その折、神領民や崇敬者が船を仕立てて奉迎したのが天神祭の始まりとされ、一千年の歴史を誇っています。
それ以来、船の数も増え、豊臣秀吉が大坂城を築いた頃には船渡御の形が整ってきました。
堂島川への土砂流入で船渡御が中止になったこともありますが、天下の台所と呼ばれた元禄時代(17世紀後半)以降、
天神祭は浪速の繁栄のシンボルとして隆盛をきわめ、享保年間(18世紀前半)には「講」という祭りを支える組織が誕生し、
新たにお迎え人形も登場し、祭りの豪華さは全国に名を馳せます。
幕末の政変や二度の世界大戦で中断があったものの、昭和24年に船渡御が復活。
また、地盤沈下の影響で大川を遡航するという現在の形になったのは昭和28年からのこと。
天神祭には幾多の変遷があり、その存続が危ぶまれた時期もありました。
しかしその度に困難を打開し、伝統を守り、盛り上げていったのは浪速っ子の土性骨と心意気です。

(天満宮HPより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

一番街
アーケードが切れたら
日差しがきつい!

 西の鳥居〜

※通せんぼ!

フジハラビルジング



 綺麗なアール

※出迎えニャンコ〜

見上げたら〜

※小さな拘り

祭りの余韻も…

※天満宮方面〜

願人(真紅の投頭巾を被った打ち手)
目立ちます。



休憩中〜



太閤さんから拝領した大阪城太鼓(催太鼓)
お清めと調整中〜

太鼓正さん、なんですね。


※打ち合わせ中〜


※約2トンの太鼓屋台

我が娘もこんなんでしたが〜
可愛いなぁ〜〜

※休憩中!

天神橋方面

※天満橋方面〜

キュウリの一本漬けが流行り〜



まだ在ったんですね!
お化け屋敷。。

河童のキュウちゃん(ガータロ)、ろくろ首…
居るんでしょうか??

見たいような〜

※キュウリの一本漬けが流行り〜

こちらは〜これからが本番!

※呼んでますぞ〜

天満橋プレート

※TVクルー準備中!

電車が付けば
続々と〜

※川面からは
ドンドコ船の囃子が〜

神出鬼没…
4隻程有るそうで〜



小若〜
昔、子供がドンドコ子供船に誘われたんですが〜
野球の試合でNGに…あー残念!

※観覧船〜
ノーンビリと

大阪は水の都を実感!
夕日にキラキラ光って綺麗!

※見廻って〜

三番叟〜
ロン毛茶髪の兄ちゃんと〜
私は少し違和感。。。

※松阪屋〜
無くなったし…

天満橋〜
明日はこの上が動けないくらいの人手が…

※木橋なら落ちるぞ!^^;
「浪華津に さく夜の雨や花の春」
西山宗因 句
いつまで知った景色があるのやら。。
頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら〜
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